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TOKYO FM『妄想科学デパート AKIBANOISE』、ありがとうございました。
TOKYO FM『妄想科学デパート AKIBANOISE』、聴いてくださった皆様、誠にありがとうございました。
25日25時からの放送をもって、番組は最終回を迎え、2年間の放送が終了しました。
 
TOKYO FMが25時台を大変革するという話ではじまった、2013年4月からの30分番組。
私は、番組の顔合わせではじめて もふくちゃん に会い、番組がスタートすることになりました。



番組公式HP
番組は、次世代のクリエイターに聴いてもらいたい、ということで、商品開発の過程を含めてそれをすべて放送しちゃおうという趣旨のもの。
もふくちゃんは、当時は「でんぱ組inc.」などのプロデューサーにして、秋葉原ディアステージを経営するモエジャパンの経営者でもあった。面白い女性ですよね。時代を象徴してます。
私は、メインパーソナリティとも、アシスタントとも、最後まで説明されたことはなかったのですが、三次元のアイドルをプロデュースするもふくちゃんと、二次元専門の私、ということで秋葉原文化をカバーするぞ、みたいな雰囲気です。

音楽を作っている人、流通している人、コンテンツを作っている人、売っている人、歌っている人、システムを組む人、書く人、本当にいろんなクリエイターのみなさんと出会えて、すっごくおもしろかったです。毎回収録に向かうのが楽しみでした。
番組で作ったCDとかも売ったりして、いろんな妄想商品を具体化していく感じです。

いくつかの改編を耐え、2年間もあの時間帯で続いた番組になったのは、まさにもふくちゃんパワーでしょう。
ラジオ局側と、ラジオ局がほしがっているアイドルの会社との結節点になっていたのが彼女だったんだと思います。
2年目以降は、そんな事情からかアイドルさんの出演が増え、毎週のようにアイドルさんをメインにお話をきく内容がほとんどでした。

個人的には、もふくちゃんは興味深い人物であるし、彼女の生の声を拾える数少ない機会だったので、NHKのNEWS WEBでは聴けないような話もたくさん聴いてきたということもあって、そういったものをオンエアできるような番組にしていきたいなあと考えたり、それらをアーカイブ化していけば、まだ番組の存在を広め、そういった話に興味のある人たちにリーチできる自信があったのですが、2年かかってもそこにいたることはできませんでした。

アイドルさんたちはもふくちゃんだけに挨拶をし、局の社長もプロデューサーも、わざわざスタジオの外にもふくちゃんだけを呼び出して挨拶する雰囲気。会議や食事会などにも一度も呼ばれたことがなければ、最終的にイベントにも声をかけられず、番組終了が決定した最後のイベントも、「この日になりましたー」という報告を受けたとき、すでに私のスケジュールは埋まっていたという次第で、リスナーのみなさんにはまったくご挨拶できず終い。正確にはどの人がプロデューサーかも自己紹介されたことがないのでわからないですが、それらしき人に2年の間で挨拶しても無視しかされないという、よくわからない局でした。
早い話が、私は現場のスタッフが挙げた人選でキャスティングされたまでなので「よく素性のわからない芸人」ということだったのでしょう、扱いにくかったんだと思いますが、それはそうだろうなと思います。私は、説明しにくい芸人なので。
むしろそういったポジションを自覚するまでに時間がかかってしまった私の未熟さだったのですが、そういった事情で、だれでもよいというようなポジションにハマったわけですが、そこはそれ、はじまりはそうでも、「タツオでなければならない」というところまでがんばってもっていこうと思って毎回収録にのぞみました。そこは、張り合いのあるところでした。

番組の現場スタッフはそんななかでもがんばっていて、柴崎Dと構成作家のエドボルさんは最後まで士気をさげず仕事していました。
もふくちゃん、柴崎D、エドボルさん、そしてリスナーのみなさん、そういった方々に会えたことはとても幸せなことでした。
そして彼らとの付き合いは今後も続いていけたらいいなと思います。
彼らは携わった番組は成長しているし、仕事も増えています。もふくちゃんも新たなアイドルのプロデュースをはじめています。私も同時期にTBSラジオではじまった『東京ポッド許可局』は昨年日比谷公会堂を埋め、この春から三年目を迎え時間帯も変わります。
そう思うに、これだけ着実にものを成長させることができる人たちが集まっているのだから「もっとやりようはあったはず」という想いはあるのですが、志半ばで終わったという感じもあるし、いや、半年とか一年で終わるはずだったけどよく続いた、とも感じます。とにかく、現場にいない人たちの間でいろいろ決まっているものが多かったようで、これは構造破綻というべきか、システム上うまくいくわけがないので、そんななかでも楽しい番組ができたのは本当に救いでした。

私のことを知っている人はわかると思うのですが、私はこういう内情のことを書いちゃう芸人なのです。
番組のシステムの話と、内容の話、出演者の話はすべて切り離して考えるべき、なのでしょうが、私はこれらは関連付けて考えないと、いいものは作れないと思います。
有名な人だけを出して、いまだアンケートでの聴取率調査を唯一のデータとしてスポンサーを募る、といういまのラジオ業界の在り方では、右肩下がりになっていくことは必至です。内容はともかく「あの人出てたな」だけが重要になるからです。
志のある局や番組は早くからこのことに気付いて、従来の方法とはちがうアプローチの仕方で番組を誠実に作っています。スポンサーの在り方も、従来の方法ではなくなるかもしれません。少なくともいまのままのラジオの聴取率の調査方法が続くのであれば、そういうことになるだろうと思います。

番組自体はポテンシャルを秘めていつつも、「次に欲しい人」への橋渡しという役目が終わったから、この番組は終わるのです。
そういった意味では健全な役目を果たしたともいえます。
ただし、いろいろなことが宙ぶらりんになっていたように思うリスナーも多かったと思います。ですが、こういったこともあるということを、批判的にではなく受け止めてほしいと思います。

私はこの局ではまだ「素性のわからない芸人」であり、「交換可能なアシスタント」みたいな存在にしかすぎませんでした。
そしてそのポジションで居続けるには、私はあまりにも自我が強すぎると改めて自覚しました。
私には時間はありません。早くそうではない存在になるために、これからも精進したいと思います。


 
posted by: サンキュータツオ | ラジオ | 11:22 | comments(0) | trackbacks(0) |-









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