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M-1グランプリ2009 9組のやったこと(前編)

M-1グランプリ2009 9組のやったこと (前編)


数日経って、やっぱり今回のM-1の各コンビの素晴らしさを整理したいと思い、ようやくちょろっと時間もできたので、個人的な雑感をまとめました。9組全部良かったから。
と思ったら、予想以上に長くなったし、趣味でやっていることだし、ほかにやることもあるので、前編ということで。
「一芸人はこう見た」レベルの感じで読んでいただければと思いますが、最後まで読む人はそういないと思いますので、逆に安心です。

******

1.ナイツ

「一瞬変な間があったから、ご本人来たのかと思った!」

<風格と確実な進化を見せたナイツ>

ヤホー漫才を封印し、それでいて従来のスタイルでの手数を残し、見た目にわかる「進化」を示したナイツ。

「前頭葉多難な人生でしたよ」
「病気じゃねえかよ 前頭葉どうしちゃったんだよ」
「(大学を)卒業して、僕が原付を運転していたんですよね。 原子力付自動車」
「あぶねえだろ」
「不運なことに、ジーコに会ってしまったんです」
「事故にあったんでしょ? むしろラッキーだと思うけどね、街でジーコに会うってね」

「それからロカビリー生活を送り、」
「リハビリだろ なんでそこでロックに目覚めるんだよ」

「そんななか、浅草犯罪協会というところに入りまして」
「漫才協会だよ 一斉摘発だよそんな名前だったら」


トップバッターでありながら、あれだけの笑い、しかも爆笑を含めた質の高い量の笑いを残したネタの出来は、本当に偉大なことである。
いい間違いでの笑いの精度も高くて、ツッコミでのさらなる笑いの増幅もある。
相変わらず芸術的とも言ってもいいほどの間合いの詰め方、セリフがかぶるようでかぶらない、耳心地の良さ。
CHAGE&ASKAの歌マネのくだりでは、「一瞬変な間があったからご本人来たのかと思った」という、「いい間違い」ではなく「勘違い」で大爆笑もあった。
独自開発のシステム(しかもこれは漫才史上に残る大発見である)に安住することなく、その可能性を広げ、さらに細かいところでボケのバリエーションも増やしており、個人的にはまったく非の打ち所のないネタであった。
下ネタなども入れてきており、男にも響く。
なにより自己紹介ネタで、「それではネタをやらせていただきます」「まだだったのかよ」で締める構成美。
この人を喰った小憎らしい部分も、ぜひもう一本見たい、と思わせるに充分なものだった。

ヤホーを離れ、「みんなが知っていること」のいい間違いではなくとも、このスタイルが無限の可能性を秘めていることを、つまり「システムの汎用性」を示していたので、ネタの完成度以上にこの点を高く評価すべきである。
これはすごいことである。個人的には、アインシュタインが特殊相対性理論から一般相対性理論を導き出したのとおなじくらいの価値のあるネタであった。

したがって、ワガママを言えば、2本目、いったいどんなネタをやっていたのか、本当に見たかった。少なくとも2本目を見たいという「トキメキ」を感じさせるネタであった。
堂々の風格。
私は何度でも言うが、ナイツのスタイルというのは、ここ10年で最大の発明であると思っている。
褒めすぎだという謗りは甘んじて受ける。
それほどにこのスタイルを超えることは難しい。
ノーベルお笑い賞があったとしたら、間違いなく受賞対象である。2回目の出場でも、2本目見たかったんだもの。


2.南海キャンディーズ

「パニック!」

<ツッコミの可能性を予見する山里の天才性>

ナイツとはまた違った方法で漫才の可能性を広げたのが南海キャンディーズ。
いままでのネタのベスト版をもってきたような形で、二人の良さが存分に発揮されたネタ。ストーカー。
「GetNavi」でも、12月の頭に書いたのが、いま発売中ので読めるので、ぜひ読んでもらいたい。

091223_0221~0001.jpg

今月号、現在発売中です。
詳しいことは、「サンキュータツオの芸人の因数分解」に掲載しているので、ぜひ読んでみてください。この雑誌、世辞抜きでおもしろいから


山里さんのツッコミは、ふた手間かかっているのである。

「いまオレ、心の辞書開いたら、“殺意”って書いてあった」

しずちゃんの暴力的なボケに対して、「なんでだよ!」「どうしてだよ!」は絶対に言わない。
ひと手間加えて「殺意を覚えたよ」ならまだわかる。
しかし山里さんはさらにもうひと手間加え、
「いまオレ、心の辞書開いたら、“殺意”って書いてあった」
という表現に仕上げるわけである。

オーソドックスなツッコミに、ふた手間加えたツッコミの妙。レトリカルで新鮮な表現に、ツッコミでの笑いが起こる。
ボケのパターンが出きったあとは、ツッコミの時代――。そんな業界の雰囲気のなかで、新たな地平を示したのが山里さんのツッコミである。

そして、こうしたツッコミの魅力を効果的に引き出すボケ、しずちゃん。
女性とストーカー、という設定に入ると、のっけからしずちゃんのボケは大きい。

山里:「あ、もうこんな時間だ、急いで帰ろう」
しずちゃん:(帰るシグサから、どこか狭いところをとおり、船を漕ぎ、ロープを上る)
山里:「けわしすぎるー! なんだよそのリポビタンDみたいな帰り道は!」
しずちゃん: (続ける)パッポルンガ、プピリットパロ! (門扉があく音)ゴゴゴゴゴゴ…
山里:「おお、小田和正じゃないのに、言葉に出来ない」


今年、私がテーマにあげた「大きなボケ」とはこのことである。
山里さんは、しずちゃんが、どこか狭いところに入っていったりするジェスチャーですでにおかしなことが起こっているのはわかっているのに、ここではつっこまない。
平凡なツッコミであれば、この時点で「なんでやねん!」といってしまうところだろう。
船を漕ぎ出し、ロープをわたったところでも、「けわしすぎる」というコメントにとどまる。まだやり直しはさせない。
ボケはどんどん大きくなっていき、そのぶんだけツッコミに対する期待値はあがっていく。
呪文を唱え、門があくくだりになり、ようやく「小田和正じゃないのに、言葉に出来ない」とくるのである。ここで爆笑が起こるわけだから、ボケはここで終わる。
「なんでやねん!」ではなく「言葉が出てこない」、さらにそこをひねって、「小田和正じゃないのに」というマクラ言葉を挟み、「言葉に出来ない」である。客席は笑いに包まれる。
周到に計算し尽くされたネタである。非常に難しい綱渡り的な芸であるが、これを渡りきる力量があるのがすごい。
したたかで無駄のない、最高にパンクなネタである。

「いまみなさんの胸に広がったのが、かの有名な“ストレス”ってやつです」
「勝ってないのにウィニングランしちゃった」
「珍しいでしょ、起きてるのに寝言が言えちゃうんです」
「もう発想がジャイアンだよ」
「そりゃそうだー、以外の引き出しがあかないよ」
「やだじゃじゃうまー」
「この顔で「いつもみたいに」とかいったら、もう国がザワっとするよ」
「なに!?チキン……ぼくそんなアメリカンな挑発乗れないよ!」
「おお、五つ星のバカだ」

ツッコミのフレーズだけ抜いてみても面白い言い回しである。
このレトリックがあるからこそ、最高にどうしようもない「コンニャク」ボケのあとの

「パニック!」

というシンプルなフレーズが活きる。

しかも、ツッコミの言及の先も、「相方」「自分」「客席」と変幻自在である。
剣術ならば、新しい流派を打ち立てられるくらいの、ツッコミの手錬である。
これだけツッコミの我が強いとテンポを崩したりするものであるが、ボケも大きいから絶妙なバランスになる。濃厚なスープのラーメンには、太麺!みたいな取りあわせ。「家系ラーメン」みたいなネタである。このコンビは、お互いの良さを最大限に引き出し合えている、理想的なコンビだ。
これもひとつの漫才のモードである。
したがって、一生理解できない人もいるだろう。わからない人には、ただテンポが悪いノイズにしか見えないだろう。
しかし、こういうコンビが、次に新しいことをやる人たちにとっては、大きな地ならしになるのだ。
この日、一番存在感のあったツッコミは間違いなく山里さんである。天才。

点数などはどうでもいいことであり、ナイツも南海キャンディーズも、まったく未知の「自分だけの山」を登ってるコンビである。そういう意味では、個人的にはナイツと同等の点をつけてもいいくらいなのであるが、実際にはナイツより点が下回ったので、この時点での相対的評価として、前半組相倒れになることは決定的となった。
それほどに、ナイツの完成度は高かった、そしてその残像は強烈だったということだ。
この後、敗者復活枠の発表もあり、目線は後半に向くのは仕方がない。それが番組としての宿命。
しかし、南海キャンディーズが、そして山里さんが蒔いた種は、確実に漫才という芸能の歴史上、将来的に「次世代のだれか」に引き継がれる。


3.東京ダイナマイト

「やめてくださいよ」

<自然主義とワールドの展開をした東京ダイナマイト>

格闘技選手の勝利者インタビューのネタ。
レポーター役のハチミツ二郎さんと、選手役の松田さん。

ハチミツ:(試合を)振り返っていかがですか?
松田:(後ろをふりかえる)
ハチミツ:やめてくださいよ

序盤のこのやりとりだけでこのコンビの非凡さは明確である。
「試合を」を入れないフリの丁寧さ。「振り返る」で後ろを振り返るというベタ。それに対してレポーターとして「やめてくださいよ」とたしなめるツッコミ。
まず、ベタをあえてやってのける「ボケ」として説得力、表現力。これは平凡な人間には怖すぎてできない。松田大輔というボケ役はこれができてしまうのである。それだけ「浮世離れ」している人格を見事に演じる力と安定感がある。
それに対して、「そっちの意味じゃねえよ!」とは二郎さんは決してつっこまない。
レポーターは選手に対してそんなに居丈高にはつっこまないはずだからである。力関係は逆転しない。
「やめろよ!」ではなく「やめてくださいよ」である。
「そういうベタは恥ずかしいからやめろ」とも取れるし、あくまでレポーターが冗談だとわかった上でたしなめているようにも聞こえる。
その二重性が、東京ダイナマイトの自然主義であるのだ。
ボケたら「なんでだよ!」とハリのあるツッコミがはいる「お笑いロマン主義」(ロマン主義というのは、そのジャンルだけに許されるご都合主義のようなもの)とは差別化をはかり、あくまで「レポーターの立場の人がギリギリ言いそうなこと」の範囲で抑える。それが自然主義である。
声を張る「わかりやすさ」の対価に、ありえそうな「リアリティー」という面白さの“質”を手に入れる。「新しさ」をここで主張するわけである。
目先の「ウケ」よりも、自らの「高み」へ走る。武士である。
非常に野心的である。
南海キャンディーズの場合も、ロマン主義への抵抗感は山里さんのツッコミに見て取れるが、彼らは文学でいえば「新感覚派」に近いものへ行った。ダイナマイトは「自然主義」である。
第1回のM-1で、大すべりしたおぎやはぎの蒔いた種は、いまこうして花開こうとしている。

松本人志をもって、賞賛せしめたつかみから、彼らは「人を喰った」ネタをやりそうな雰囲気を提示した。
あのつかみも、その昔アンタッチャブルがやっていたことを覚えているが、そんなことは関係ない。それは、彼らが言ってはじめて出てくる「意味」がそこにあるからである。

東京ダイナマイトの持ち味の一端は、以下の部分に垣間見られた。

二郎:「今日の勝利をどなたに伝えたいですか」
松田:「最愛の、妻、息子、娘、愛する1号さん、2号さん、3号さん、よっちゃん、
     稚内の、おじちゃん、おばちゃん、親戚のおじちゃん、おばちゃん、
     あとさっきいったのとは違う、おばちゃん、菅原さん、神林さん、よっちゃん、」
二郎:「よっちゃんさっきでましたよ」
松田:「千石先生、千石先生の奥さん、浜さん、浜さんの見習いのヨシさん、
     山さん、山さんの別れた奥さん、なべさん、なべさんの奥さん、
     池上さん、林さん、若林さん、若林さんの奥さんんとこの総一郎ちゃん、
     スナックコスモスの、
二郎:「何人言うつもりなんですか」

平凡なツッコミであれば、「愛人」のくだりで「愛人って言っちゃダメでしょ、最愛の妻と子供が見てるんですから!」などと言ってしまうだろう。
下手なロマン主義者なら「愛人とか言うな! 普通言わないでしょ、やり直せ」とすら言う。
これではボケも小さいし、ツッコミの変化もない。

しかし、東京ダイナマイトはここはスルー。それどころか、稚内のおじちゃんおばちゃん、親戚のおじちゃんおばちゃん、などのくだりも全スルー。二回目の「よっちゃん」の部分も、「指摘」にとどまりつっこまない。
「誰なんだよ!」や「しらねーよ!」も決して言わない。
ボケはどんどん大きくなっていく。「大きいボケ」がここにもある。
普通のコンビには、怖すぎて出来ない。表現力がないと決してできないのだ。
ただ我慢。風船が膨らむまでただひたすらに、勇気の「我慢」、それが東京ダイナマイト。

あまりに長いこのくだりに、ついに会場は「どよどよ」しはじめる。それが東京ダイナマイトが、人を「中毒」にさせる部分である。この味は、ほかの人には出せない。
二郎さんの場合は、山里さんのようにレトリカルなツッコミはせず、タイミングと雰囲気に重きを置く。
「多いよ!」「長いよ!」とは言わず、スナックの名前が出てきた時点で、言い切らないうちに「何人言うつもりなんですか」である。
レポーターの設定をかたくなに守る。これこそがお笑いにおける「自然主義」なのである。
これに必要なのは、頭脳でも理論でもない。ただひとえに「才能」と「鍛錬」。
ギラリと光る才能に、身震いせずにはいられない。

ボケも大きければ、ツッコミももはや「ツッコミ」ではない。強いていえば、「ボケ」への違和感の表明であり、修正や糾弾、叱責、そんなものは一切ない。
これこそが、東京ダイナマイトが醸し出す「ワールド」の要素なのである。

松田:「メガネをかけたブスが腰を回して踊るダンスをやったんだけどね」
二郎:「コアリズムですか、もしかして。くわばたりえの。
    “ メガネをかけたブス”で気づく私もどうかと思いますけれども」

こうである。
商品名や固有名詞、批評精神まで盛ってくる。いずれもいまのテレビ番組ではネタ見せ段階で修正の対象になるタブーである。そんなことは百も承知で盛ってきた。3組目にしてはじめて会場に「危険」な空気が漂う瞬間は、ダイナマイトが作った。これでこそM-1である。
「こいつらなにを言い出すのかわからんぞ」
それこそが、東京ダイナマイトが仕掛けた野心なのである。
DVDでは確実にカットの対象となる歌ネタ、しかも深夜の通販番組の歌など、「わかる人いなかったらどうすんの」と言われる上に、得のないネタ。
それでもそこを盛ってくる。3回もかぶせる。思わず笑ってしまう。
やっちゃいけないことをやる。東京ダイナマイトのお笑い精神を垣間見た瞬間であった。

「おもしろい」はだれが決めるでもない。オレが決めるんだという、アマチュアリズム。とんがってみえるが決して嫌味はない。これが「アリ」なのがM-1なのだ。
南海キャンディーズに引き続き、このコンビを決勝にあげてきた予選審査員に、だから私は感動すら覚えたのだ。「共犯」の汚名をかぶる覚悟で、推してきた。どうしても見せたかった、ということだから。
「お笑いに必要なこと」、魂を、この人選には感じるのだ。
イズム、というとはこういうことだろう。

最初に出場した回の「置きにいった」感じとは明らかに違った「らしさ」のあるネタ。
このコンビにしか出せない「唯一性」を見せてもらえたことがうれしい。ハッキリ言ってしまえば、この「雰囲気」は理屈ではどうにもならない、どうしても才能が必要なものである。練習していればつかめるものではない。

ナイツ、南海キャンディーズ、東京ダイナマイトと、ここまでですでに満足してしまっている私がいた。いいものを見た!予選審査員ありがとう!
得点は南海よりやや上。ナイツよりは下。ナイツの存在感はそれだけ強烈であった。でもオンリーワン。声を張らず、もっと言えばツッコミもしなかったハチミツ二郎という芸人の真骨頂は堪能できた。「わかりやすさ」に甘んじない野心がたしかにそこにはあった。
自然主義は、お笑いではまだ野党であり、野党であっていいのであるが、決して滅びない。
なにより「オーソドックス」に飽き飽きしてしまっているジャンキーには、たまらないネタなのである。
東京ダイナマイトも、これまたすごい。真の評価には、まだ時間がかかるのだろう。
しかし、おぎやはぎの時代よりは、受け入れられるようになってきている。それこそが、“お笑い野党”が積み上げてきた「時代の空気」なのだ。


4.ハリセンボン

「普通の平和な街!」「格差のない家!」

<デフォルメのツッコミでは随一のハリセンボン>

顔芸も駆使し、ボケの落とし方にも工夫を加え、一転「ハリすぎるツッコミ」で普通のツッコミとは一線を画すスペックのハリセンボン。
「煮物のおすそわけ」という場面設定も、らしくていい。女性ならではの設定でもある。
私の大好きな初期のシュールな匂いはなりをひそめてはいるが、こういう部分に「匂い」は残してくれている。
序盤はたしかに緊張感は伝わってしまったが、それでもこのコンビの魅力はこぼれ落ちてくる。

箕輪:(母の死に目にあって)せめて、死ぬ前に一口食べたいといっていた煮物を、
     一口食べさせてやりたかったなー (近藤に気づき)あ、はい?
近藤:(声をふるわせ)あの、良かったら、煮物を……
箕輪:「遅いよー!」
近藤:「しらねーよ!」

箕輪のボケもやはり大きくてファンタスティックである。
母親が死ぬというボケの段階ではつっこまず、スルー。「あの、良かったら煮物を」と乗っかる。
「遅いよー!」と、どこかのドラマで見たようなセリフのあとでようやく男前な「しらねーよ!」がくる。
女性がこんなにも男らしいツッコミをするギャップ、そしてそれに説得力がある。ハリセンボンはたしかに近藤さんが「変化」したことで「進化」した。
ハリのあるツッコミであればあるほど、そのギャップは大きい。ここにオーソドックスなツッコミのデフォルメが完成したわけである。

「普通の平和な街!」
「格差のない家!」

デフォルメの効果が言語上で端的に現れているのが、漫才コントでの「やり直して」における、儀式的ともいえる「修正」のセリフである。
「そうじゃなくて、普通の家でやって」
「そうじゃなくて、格差のない家同士って設定でお願いします」
凡庸なツッコミならこうなる。
しかし、デフォルメすることで、無駄は省かれる。「こう修正して欲しい」という要求が、名詞句で出現することになるのだ。これがまた笑い所となる。見事としか言いようがない。

箕輪:煮物煮物うるせー! おしつけがましく言いやがって。
    出汁を? たっぷり? 染み込ませて、きたのか? 
    お前自身はだれの心にも、染み込むことはないけどな!
近藤:(威嚇されビックリ なきそうな顔で) 
    い・い・す・ぎー! ちょっとちょっと 
    にものを、おすそわけしたかっただけなのにー! ひー!

終盤に、このような立場の逆転が起こるという構成も実はいまはそんなに見ることができない。尺が短いからである。しかしこの逆転でさえ、近藤さんの「例のアレ」で笑いに変わる。顔芸炸裂。
私は思わず笑ってしまった、それほどに、このコンビの笑いに対する貪欲な姿勢が心を打ったのだ。
意図は汲み取れる。
ハリセンボンもまた、異常に自己顕示的で野心のある、魂のあるネタだったと思う。
女性であることを差し引いても、これだけデフォルメで笑いを取れるコンビはそういない。
最下位の芸ではない。番組上の「展開」的側面でそういう評価になっただけで、決して前3組よりも劣っているわけではない。ただ、「簡単」に見えてしまったのかもしれない。
しかし私はこれほど「お笑い的」なコンビはいないと思っている。キャラクターがあり、それを活かすすべも知っている。恐ろしいコンビである。

4組目で4位という、いち早く敗退が決定し、客席もトーンダウンしたところで、そろそろナイツの残像よりも、それを上回るネタへの期待が高まる。こうしたなかで、真ん中の出順の「笑い飯」が登場する。


5. 笑い飯

「だいたいわかったからやらしてくれそれ」

<笑い飯のシステムの最終形態を示した「鳥人」>

胴体は人間、頭部が鳥、という「鳥人」が、子どもに話しかける、という設定。
「あるある」ネタ、という呼称、それは「設定」がある、「言うこと」もある、いわゆる共感に訴えかけるネタのことであるが、まず、設定としては「ない」を選択した笑い飯。

「Wボケ」というシステム(私は、正確にはWボケWツッコミでもあると思っている、なぜなら彼らのツッコミもまら一味あるからである)の考案者として世間に知られるようになってからも、笑い飯はそのシステムの可能性を模索し続け、おなじことはしてこなかった。失敗も恐れず、「おなじこと」よりは「ちがうこと」をやり続けた。それが、8年連続決勝進出した理由であると思う。彼らが毎年決勝に残ってくるのは、番組上のアングルだけでは決してない。そのチャレンジャースピリットゆえである。

いままで、「学校で下駄箱のあった靴がなくなった」などといった「ある」設定もやってきたし、「奈良の博物館」などという「ない」設定もやってきた。「ない」設定はリスクもあるが、爆発力もある、ハイリスクハイリターン。
そして、彼らが選択した道が、「ない」という設定だったことに、芸人ならだれしもがグッとくる。
やはり彼らは真の意味で、常に「チャレンジャー」であり続けた。

「だいたいわかったからやらしてくれそれ」

「鳥人間」ではなく「鳥人」(ちょうじん、ではなく、とりじん)という名前を設定したのも、そんな「ない」設定を明確に印象付けるためだろう。
見たことも聴いたこともない設定を目の当たりにし、「お前そんなん子どもの前出てきて大丈夫なんか?」という味のあるツッコミのあと(ここで「そんなん知るかい!」と言わないところが、彼らがWツッコミでもあると私が主張し続けるゆえんである)に、
鳥人の実演のあと、西田さんが言うのがこの「だいたいわかったからやらしてくれ」である。
「お前変われ」の例のくだりが、見るものの脳裏にある。その場面を待ってもいる。
設定は「ない」。だからこそ「だいたいわかった」という表現のあとに、「やらしてくれ」(≠変われ、という命令形ではない)がくる。曖昧とした「鳥人」という存在を、「それ」と呼ぶ。
「待ってました」と「このタイミングでか」と「そうきたか」がいりまじった笑いになる。
「鳥人」の言うこと、やること。しばらく西田さんが観察していただけに、哲夫さんのボケは「大きい」。
いちいち細かいことはツッコまない。
見切り発車で「やらしてくれ」である。

ここからは例によって「鳥人」というお題での大喜利合戦なわけであるが、回答もパターンを用意した。
シュール、ベタ、なんならいままであまりやらなかったダジャレというカードまでも印象的に切ってきた。
「出席番号何番だと思う? チキン南蛮だよ」「鳥進一だよ」「手羽真一だよ」。
底抜けにくだらないネタ。
それでいて、「鳥進一」に踏み込めば、森進一の頭部は「新沼謙治」の胴体にあるとか、そういう「ない」ことを言い出す。「ないない」ネタに入っていくわけである。想像すれば、グロテスクにも思える、このシュール性。
「人間の体と、鳥の頭の、ちょうど境目を見せてやろう」もそうである。
幅があって重厚なネタに仕上げた。「ない」設定は競合他者がいないために、設定に甘えることもできるが、笑い飯はその設定においてさえ、パターンのバリエーションを極限まで追求した。
「シューベルトの魔王みたいな」なんていうツッコミでさえ入れてきた。
そんなツッコミは、どんな見立ての選択肢のなかでも、わかる人が少ないだけ下位のものである。しかしわかっていてそこを入れてくる。
「伝わるかい!」を用意していたようにも思うが、意外にもウケて見逃した西田さん。
オール巨人をして「恐怖のファンタジー漫才」と言わしめた笑い飯の漫才は、真の意味でここにすべてのバリエーションが揃ったと言える。

一本目から勝負にきた。それが今回は吉と出た。
その日一番(きょういちのウケ)がここできた。ナイツの残像もなくなりつつあった。
出順的にも、ネタの内容的にもはまったわけである。

毎年、審査のモノサシであったはずの笑い飯が、この日は光った。うれしい誤算であった。

2本目は一転、「野球」「ラグビー」という「ある」設定でのチャレンジ。「あるない」ネタの選択。
以前酷評された「1本のネタに2つの設定をやる」という意味での「ネタ2本」にここで再チャレンジしたわけである。
まずここにグッときた。
それでいて、同業者的には「女性がわからないからやるな」といわれ続けている「野球」ネタ、ましてや男でもわからない人が多い「ラグビー」(ていうかサッカーのPKでよくね?という設定)ネタに挑んだことにさらにグッときた。
しかも。
ご存知の通りの「ちんちん」「チンポジ」である。
3つのタブーに挑戦し、「お笑い魂」を見せてくれた。この姿勢こそが芸人らしい。
やっちゃいけないことを、やった。ギリギリのところで。
「人にどううつるか」「客席がのぞむものを」よりも、「まずは自分たちが楽しいこと」を選択した、このアマチュアリズムこそ、M-1の醍醐味なのだと思っている。

こうして、笑い飯は、最高の、最後まで真のチャレンジャーとなったのである。
優勝していたら、笑い飯はチャレンジャーでなくなってしまっていた。

いまは、そう受け止めることにしている。


******

印象論だけではなく、少なくとも根拠を自分なりに整理をしたく。テキスト分析という自分なりの手法の側面から考えてみました。
こういうことは、当然異論のある人も多いでしょうが、論点を整理するうえではやっておいたほうがいいかと。

ましてや自分が生業としていることですし、またいままでなにがやられてきて、なにがやられていないのか、ということを明確にする意味でも、一人だけでも読む人いるかなーくらいなものとして書き留めておこうかなと。
芸人であれば、みんなが考えていることだとは思うのですが。
お笑いの進化や、新らしいものも評価する意味では、こういう目線を一般の方々と、万が一共有できる日が来るのであれば、もしかしたらまだくすぶっている、もっともっとおもしろいものを評価できる時代も来るのではないか、と。そういう希望もこめて。


長くなったし仕事でやっているわけでもないので、後半はまた。あるかどうかはわかりませんが。仕事を優先しまっす。
続きはWEBで!

※ハライチに関しては、以前「GetNavi」でも書きましたし、M-1決勝に残るのが妥当だと言ってきましたし、事前予想では希望もこめて優勝予想にもしていたくらい、素晴らしいシステムだと思ってます。ので、すぐに読みたい人は、「GetNavi」の過去のものを入手するか、このブログでの過去の記事探してくださいにょろー。

posted by: サンキュータツオ | - | 02:22 | comments(15) | - |-
芸人さんのこのような論を見るのは初めてだったのでとても興味深く読ませていただきました。おもしろかったです。
ツッコミに注目すると漫才はさらにおもしろいですね。
こうやって並べてみると山里さんのツッコミは言葉だけでなく、独り言、つぶやき、客席向けなど方向性もさまざまだなーと感じました。
オードリーやナイツもそうですし、二人でやりとりしない漫才がどんどん出てきそうですね。
本当におもしろかった。ワクワクしました。後編も楽しみにしています。もちろん仕事の方も頑張ってください!応援してます。それでは
| ジャグ | 2009/12/23 5:59 AM |
他にやることがあるのに
前編だけで
10200文字
原稿用紙26枚分も
お笑い論を
書き殴っちゃう
国立大学の佐藤センセイなのでした
| | 2009/12/23 6:49 AM |
興味深く読ませて頂きました。面白かったです!後編も是非!
今回のM―1をもう一度見たくなりましたよ。
…こんなコラムの〆が「にょろー」って…。意外性?違うと思う!
| koko | 2009/12/23 7:16 AM |
西田さんが実演したあと、哲夫さんが言うのがこの「だいたいわかったからやらしてくれ」である。

「だいたいわかったからやらしてくれ」を言ったのは西田さん(ロン毛の方)です。
| サッカー | 2009/12/23 8:09 AM |
高度に文化的成熟がなされた世界での、
次の段階への挑戦的な模索。
m-1という場所は、やはり相当面白いですね。
| seiji | 2009/12/23 3:23 PM |
すっごくおもしろかったです。
私はm-1が好きで毎年欠かさず見ていますが
やっぱり、「自分しかできない表現」を追及してくれる人たちを見るのがエキサイティングだからです。
でも、振り返ってみると、エキサイティングな人たちはこれまでも優勝はしていないと思っています。
ともかく、後半楽しみにしていますので
お仕事の合間に更新してくださるとうれしいです。
「オーソドックス」をどう語られるのかに
興味があります。
| tomo | 2009/12/23 5:04 PM |
去年もタツオさんの分析を楽しませていただきましたが、今年は特に笑い飯が伝説を作った回だったので、どう分析なさるか、とても楽しみにしていました!
更新ありがとうございます!

08年、09年と、私にとっては「上手だねえ(でも面白くはない)」というコンビが優勝してしまったので(あくまでも私の“趣味”ですので、ファンの方がお読みになっても気を悪くなさいませんように…)、M−1という大会自体にちょっと幻滅した部分もありました。
漫才はどんどん進化してるのに、M−1がそれに付いていけてないじゃないか…と。
その不満は今もありますが、前編を読んだだけでも、「あー、こんなに多種多様なすごいコンビが一堂に会して闘うM−1って、やっぱり素晴らしい!」と思えました。

ところで、ひとつだけ気になったことがあります。
ひょっとしてタツオさんの周りには、「私、下ネタって苦手なんですぅ〜。野球って男のスポーツだしわかんなあい。ところで煮物作ってきたんです、ハイどうぞ」みたいな女性が今でもいるんですか?
そんな天然記念物みたいな女性、私の周りにはいないです(笑)。
もしいたとしたら、それは演技だと思いますよ。そうふるまった方が男性ウケがいいと思ってるんですよ。

笑い飯の2本目が始まった瞬間に「ちょっと!これチンポジじゃん!」「ここでチンポジーーー!!」「こいつら日本一だわ!M−1チャンプは逃すだろうけど(笑)」というメールが飛び交った私の周辺が異常なのかもしれないですけど。

すみません、趣旨と違うところに長々と食いついてしまいました。
「これだから女は・・・」と言われてもしょうがない(笑)。

笑い飯は来年も出る気満々のようですが(規定では来年がラストイヤーである)、その辺についてはどうお考えになりますか?
私はできれば出てほしいと思っています。
今年伝説を作ったのに、空気読まずに来年も出る、というのがすごく笑い飯らしいと思うから(笑)。

長文失礼いたしました。
後編もワクワクしながら待ってます!
| おおもり | 2009/12/23 11:19 PM |
もっと読みたいです。審査員の点数のつけ方への分析なんかも期待しています。
| おかべ | 2009/12/24 11:21 AM |
ときめきました!
| 齋藤拓 | 2009/12/24 4:15 PM |
お疲れ様です、それからメリークリスマス(≧ω≦)タツオさんの文読んで後編も読みたくなりました(´∀`)時間が出来た時にでもよいので後編書いて欲しいですにょろ−☆
| たまご | 2009/12/25 2:10 AM |
M-1は、武道でいう型のコンテストであると思います。伝統派空手が、型部門と組手部門と分けられているように、漫才もわけられてもいいと思います。

型部門ではパンクブーブー、ノンスタイルは、抜群でした。組手部門だと笑い飯が抜群でした。

そして、型と組手の両方で頂点を取れるネタが、鳥人であり、過去のアンタッチャブル、ブラマヨ、チュート等でした。
| life | 2009/12/25 3:53 AM |
はじめまして

今年のM1について書かれた幾つかの文章の中でも、一番面白かったです

個人的に抱いていた準決の審査への疑念というものを、払拭させていただきました(先のエントリーに関連させて言えば、まさに流れ星や磁石が出てたら優勝狙えたはずなのに…と、また東京ダイナマイト.ハリセンボンは準決そこまでの受けでもなかったのに…と感じていたので)

個々の持ち味をここまで明確かつ分かりやすく示せるのは、出場者への、引いてはお笑いへの深い愛があるからなんでしょうね

素晴らしい評をありがとうございました

後編も期待しております
| こっそり | 2009/12/25 4:15 AM |
M-1評、素人プロ含め沢山読みましたが、タツオさんのこの評が一番オモロでした! ロジカルでリリカルで愛にあふれていると思いました。 あと、蛇足ではありますが、面白突っ込みの系譜として、さまーず三村(あえて敬称略)ってのは分水嶺だと思っています。後編も超期待しています!
| be2shun | 2009/12/25 5:20 PM |
面白く、興味深く読ませていただきました。
とても深い分析、しかもほぼ全ての部分で納得させられました。
特に個人的にも「パニック!」と「やめてくださいよ」は本当に秀逸すぎる突っ込みだと感じていたので、同じことを思う人がいたという嬉しさと、さらに深い考察をして何故秀逸なのかという理由を言語化して示していただいたことに勝手に感動しています。

ただ、個人的にはナイツはやっとよくなったなという程度の印象です。
システムが発明なのはわかるのですが、今年はともかく去年はただの言い間違いで突っ込みも普通すぎて面白くもなんともなかった、という印象でした。
今年のネタではただの間違いから面白い間違いになっていて突っ込みでの笑いも増えて、大きく進化したなと感じました。

後編も大いに期待しております。
| www | 2009/12/25 5:22 PM |
初めまして。非常におもしろく楽しく読ませていただきました。

ただ自分が違うんじゃないかな?と思うところがひとつあります。

>「シューベルトの魔王みたいな」なんていうツッコミでさえ入れてきた。
>そんなツッコミは、どんな見立ての選択肢のなかでも、わかる人が少ないだけ下位のものである。しかしわかっていてそこを入れてくる。
>「伝わるかい!」を用意していたようにも思うが、意外にもウケて見逃した西田さん。

今までの笑い飯のWボケは、ボケたあとにボケが交代するまでに、一度、素に戻って ツッコミ→返答 をいれてたんですが、
今回の鳥人ネタにおいては、ボケである鳥人側がツッコミを入れる場面は一度もなく、
ボケが交代するまで鳥人になりきっていて、決して鳥人としてのコメントしかしてなかったように思えます。
またそれによって1つのボケが今までの笑い飯に比べて長く、交代がスローペースになったことがよかったんではないんでしょうか。

長々とすいません
| あ | 2009/12/25 11:14 PM |